Researcher 研究者紹介
取材日:2026年5月7日
植物は、結構おしゃべり
今回のプロジェクトで注目されている、先生の研究について教えてください。
学問的には「工学と農学の融合」で、「農業をテクノロジーで強くする」研究をしています。実際に行っているのは、「環境をコントロールして、植物にとって心地よい環境をつくり、植物の生育を早めて収穫量を増やそう」という取り組みです。
豊橋市を中心とした東三河地域で最も盛んな農業形態は、「施設生産」です。温室やビニールハウスも施設園芸(農業)に含まれるのですが、「環境を整えて、植物に早く育ってもらう」生産方式なんですね。一昔前までは、冬の間、寒くて外で育てることができない作物を暖かい部屋で枯れないようにしたのが「温室」のはじまりですが、最近では、冬以外の春・夏・秋といった季節でも植物にとって心地よい環境を維持するために使われ始めています。ただし、「環境を整えて植物に早く育ってもらうためには、どんな環境が心地良いのか?」それは植物に聞かないとわからない。

植物は動かないし、言葉もしゃべらないですけど、どうやって「聞く」のでしょうか。
「植物の声を聞く」とは、「植物を測ること」です。植物は、葉が大きくなったり花が咲いたり実をつけたりしますよね。ところが私たちの目に映る植物の状況変化はとてもゆっくりで、違いに気がつくのに2~3日かかったりします。茎が細くなってきた、葉の色が薄くなってきた、など人間が見て確認して水や肥料を追加する、というのが従来のやり方です。施設生産では温度や湿度など環境をコントロールしながら植物を育てるのですが、なかでも最近注目されているのが二酸化炭素(CO₂)です。
なぜCO₂かというと、植物は光合成をするから。‘葉’で空気中のCO₂から炭水化物を合成する「光合成」をして、自分の体を大きくしています。光合成はとても反応速度が速くて、秒単位で変化するんです。空気中のCO₂濃度を2倍にすると光合成は3倍になる、というように、劇的な変化をもたらします。目に見える物理的な動きではなく、植物の最も重要で農業の生産性に直結する環境応答である光合成に着目しているのが私たちの研究です。
植物の反応で重要なのは、秒単位で変化する光合成です。それを測れば、もっと農業は強くなるだろう、というのが、私たちの根本にある「植物の動き」に対するアプローチです。

植物の成長には、土からの栄養を増やせばいいのだと思っていました。
肥料だけ増やしても、光合成をしなければ植物は育ちません。適切に管理された光、温度のもとで光合成を最大化すれば、収穫量の増加に直結します。ただし、CO₂が多ければ多いほど光合成が大きくなる、というわけではありません。CO₂の濃度を高くしていくと、「これ以上濃度を高めても光合成が増えない」というポイントに到達します。でも、人間の目では見えません。だから測るんです。これが「植物の声を聞く」ことの本質であり、今回のプロジェクトでは「植物の光合成を計測する」ことになります。

植物に聞いて、整えよう
この研究分野に興味を持ったきっかけは?
現在は豊橋技術科学大学の機械工学系で教鞭をとっていますが、もともと私は農学部出身で、博士号も農学です。最初に所属した研究室は、「環境をコントロールすることで農業、食糧生産をしよう」という、現在では宇宙農業に発展する起源となる研究を行っていました。月面で食べ物を作るには、土を掘って種を植えるわけにはいきません。環境を人間が完全に作り上げる必要があるんですね。そこが環境制御という研究との最初の出会いでした。月面で植物を育てる研究を地球上で生かすなら、環境制御型の農業生産への応用だよね、という流れです。
地球上の環境は均一ではなく、気温も太陽の方向も時々刻々と変わります。その時々の植物の状態を把握して最適な状態を知るには、「植物に聞いてみないとわからない」ということで、植物の計測を始めました。
植物の‘声’を計測し、その状態に合わせて環境を制御する農業アプローチを、「スピーキング・プラント・アプローチ」というのですが、私は大学4年生でその考え方と出会って感銘を受けたんです。光合成を測って秒単位で変化することを知り、そのための装置を作り、さらにシステムを農業の生産現場に導入して計測システムに、そして得られた情報に基づいて最適な環境を実現する、ということで、CO₂を制御できる温室のデザインまで始めました。これまでの知見がすべて、今回のプロジェクトにつながっています。

研究者も有機的につながって
宇宙から地球環境へ、という高山先生の壮大な研究史をお伺いしてワクワクしました。
ここからは、現在のプロジェクトについて教えてください。
「光合成」というのが私たちにとって分かりやすい切り口です。CO₂という、光合成にしかインパクトを与えないものに注目して、これを地域実装に結びつけようとしています。
ただ、合理的な理論だけでは、農業の現場は動かないんです。たとえば、CO₂濃度を上げれば生産量が増える—これは事実なのに、多くの農家がうまく活用できていない理由は何か。
なぜでしょう?
まず、現実的な課題があります。CO₂をどこから持ってくるのか。灯油を燃やすのか、炭酸ボンベを買うのか。いずれにしてもコストがかかります。そして特に夏の施設内は暑い。気温管理のために換気しなければならないので、せっかく与えたCO₂も屋外に逃げてしまう。すると「CO₂濃度を上げるのは無理だ」という感覚になってしまうわけです。
そこで私たちは新しい取り組みとして、「絶対儲かる(損はしない)」を実現するCO₂濃度制御を行う仕組みを開発することにしました。施設内の作物群落全体の光合成を計測し、同時にCO₂のコストも計測し、「今このタイミングでは、470ppmが一番儲かりますよ。数分後には、今は520ppmが一番儲かりますよ・・」というように、リアルタイムに一番儲かるCO2濃度を示せるようにしたのです。でも、この仕組みは理解するのが簡単ではないので、活用してくれるのは、大規模な農業生産法人に限られてしまい、なかなか中小規模の農家さんにまで浸透しない。

なるほど、ここで本プロジェクトの本領発揮ですね。上原先生の「人間情報学」の視点が、新たなブレイクスルーになるのではないかと。
そうです。どのタイミングで、どのような形式の情報を農家の方にお渡しすれば、その有用性を理解して使いこなしていただけるのか。上原先生の「人間情報学」と「農業情報学」との掛け合わせにより、私たちが開発した技術の社会実装がこれから加速していくのでは、と期待しています。また、これらをフル活用して頂く農業の担い手を育てるために、磯山先生が取り組まれているリカレント教育についても、人間情報学の知見を取り入れて設計されています。
そうそう、野田先生の技術もすごいんですよ。植物の中で物質がどのように動いているのかを、直接センサーを埋め込んでモニタリングする、というシーズ技術です。この新しい技術とのコラボレーションも楽しみです。
CO₂が、地域をつなぐ
ここ東三河地域は、自動車産業や航空宇宙、ロボット産業をはじめとする、ものづくり産業が盛んな工業地域であると同時に、農業生産高も全国有数のエリアです。さらに施設園芸が盛ん、という特色があります。施設園芸は、単位土地面積あたりの生産量を増やすことに注力してきた「ビジネス農業」であり、スマート農業の中心です。このエリアの特性に、私の研究課題のキーワードとして挙げているCO₂は、とても関連性が高いのです。
工業と農業をつなぐキーワードがCO₂?
そうです。ものづくり産業は大量のCO₂を排出します。これは環境問題ですね。一方で、私たちの施設園芸ではCO₂が必要です。通常、CO₂は大気への排出を抑えなければいけない。でも、この地域では違うアプローチが可能です。工業から出るCO₂を、地域資源として捉える。それを植物に吸収させる。すると、工業のCO₂排出は削減でき、施設園芸の生産量は倍になる。つまり、ウィンウィンの関係ができるんです。カーボンニュートラルと農業生産性の拡大を同時に実現できるのです。

プロジェクトにかける想いをお聞かせください。
一つ一つの課題を別々に解決しようとしたら、時間がかかります。でも、今は急激にテクノロジーが人間の営みに実装される時代です。新しい技術と、それを使いたい人がいて、その間をデータを情報に変えてスムーズにつなぐ。そのために人間情報学が必要なんです。特にこの地域では、施設園芸という環境制御型の農業が基本にあります。その瞬間瞬間の環境制御に使うエネルギーやコスト、条件の変化を踏まえながら、一番‘儲かる’農業をダイナミックにマネジメントしていかなければならない。
そこには有用なテクノロジーがたくさんあるのに、農業現場の方々は忙しくてデータを見ている暇がない。AIがつなぐと言っても、人間が分からなければ意味がない。ここをスムーズに橋渡しできるのが、私たちが目指す統合的なアプローチなんです。技術だけでは、教育だけでは、人間情報学だけでは不十分。この3つが有機的につながる時、初めて地域が変わるんだと信じています。
植物の声を聞き、
栽培環境を最適化する人