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Researcher 研究者紹介

人が真ん中にいる学問、人間情報学

取材日:2026年5月7日

人の可能性を科学する

上原先生の専門である「人間情報学」とは、どのような学問なのでしょうか。

人が動いたり考えたりするとき、体の中ではさまざまな情報のやり取りが行われています。脳もそうですし、筋肉もそうです。私たちは脳波やfMRI、生体センサーなどを用いて、その情報の流れを計測し、データとして分析しています。人間情報学とは、人間の身体や脳で起きている現象を「情報」として捉え、その仕組みを理解しようとする学問です。

なぜその判断をしたのか。 なぜ熟練者は素早く動けるのか。 なぜある人は緊張しても実力を発揮できるのか。

そうした問いをデータから読み解いていきます。仕組みが分かれば、今度は「どうやって能力を引き出すか」も見えてきます。スポーツでも音楽でも、人が本来持っている力をもっと発揮できるようにする。それが私の研究の根っこにあります。
これまで私は、スポーツ選手やピアニストを対象に、脳や身体の働きを分析してきました。トップレベルの人は何が違うのか。ミスをしたとき、どのように立て直しているのか。そのメカニズムを科学的に解明してきました。

今回のプロジェクトはアグリテック、農業です。なぜ農業分野に?

農作物を育てるのも人ですし、スーパーで野菜を買うのも人です。アグリテックやスマート農業が注目されていますが、最終的には「人がどう使うか」が重要です。だから人間情報学を掛け合わせ、「人が使うためにはどうしたらいいか」を考えて地域の農業課題に貢献する本プロジェクトに興味を持ちました。脳だけでなく、目の動きや筋肉の活動も計測しながら、「人が心地よく活動できているか」を分析して役立てていきます。

皆さんが使っているスマホも、使い心地が良いように設計されていますよね。それと同じです。人とコンピューターがどうすれば気持ちよく、分かりやすく、効率的に関われるかを研究する「ヒューマン・コンピュータ・インタラクション」という分野がありますが、今回はその農業版とも言えるかもしれません。

熟練農家の暗黙知を“見える化”する。

プロジェクトは始まったばかりですが、どんなことから着手されていますか?

取り組んでいるテーマの一つが、熟練農家が持つ「暗黙知」の可視化です。
例えば収穫作業。長年経験を積んだ農家の方々は、驚くほど速く、正確に作業をこなします。しかし、その理由を尋ねても「なんとなく」「慣れだよ」という答えが返ってくることが少なくありません。つまり、その技術は十分に定量化されていないのです。

熟練農家はどこを見て、どんな感覚で作業しているのか。植物を持った瞬間に何を感じ取り、どう判断しているのか。現在は学生たちとともに、熟練者と未経験者の違いを実験室で再現しながら研究を進めています。
収穫するときにどこに触れ、どのように持ち、何を手がかりに判断しているのか。これまで経験や勘として語られてきた技術を、人間情報学の視点から分析しようという試みです。

まずは熟練農家の“勘”を知るところから始まるんですね。

そうです。まずは暗黙知が存在するのかを知り、それをデータ化する。その知見を農業現場での技術継承に生かしたいと思っています。
「見て覚えろ」では限界があります。でも、その感覚や動きを“見える化”できれば、初心者でも学びやすくなるかもしれません。
例えば、熟練者の動きに近づいたら「うまくできていますよ」とリアルタイムで伝えるデバイスや、ロボットとの対話を通じて技術を学ぶ仕組みなども面白そうです。
熟練農家が持つ感覚を、誰もが学べる知識へ変換する。人間情報学は、人と人の間にある見えない知恵をつなぐ学問でもあるのです。

人と技術の架け橋になる

農業分野では、優れた技術があっても現場で活用されないという課題があります。

研究現場では大量のデータが取得されています。でも、そのデータがそのままでは人の役には立ちません。データを解釈し、意味付けを行い、人が判断するための材料に変えて初めて「情報」になります。

人間情報学の役割は、その変換を行うことです。
例えば、高山先生たちは植物の状態を精密に計測し、最適な環境条件を導き出しています。しかし、その結果が現場で活用されるためには、「なぜそうなるのか」「どう役立つのか」を理解してもらう必要があります。その解釈にAIを活用することもありますが、一方で「AIを本当に信用できますか」という問題もあります。
また、どれだけ優れた技術でも、人が信頼しなければ使われません。言葉による説明だけでなく、シミュレーションや実証結果を示しながら、「なるほど、そういうことか」と納得してもらうことが大切です。

人間情報学は「翻訳」の学問だと言われることもあります。専門家が作ったデータを、人が理解できる形に変える。 AIが導き出した答えを、人が信頼できる形に変える。 技術と人との間にある溝を埋める。それが人間情報学の役割です。

今の時代、技術そのものは数多くありますが、それをどう使うかを決めるのは人です。だから社会実装には、人の視点が不可欠なのです。

人と人をつなぐ、人間情報学。

「技術を人が使いやすいようにする」ことが先生の研究分野のミッションなんですね。

当初は私もそう考えていました。でも最近は、もう一歩踏み込んだ考え方に変わってきました。今回のプロジェクトには、植物を研究する人、センサーを開発する人、自動走行ロボットをつくる人、教育方法を研究する人など、多様な専門家が集まっています。
高山先生や野田先生は、植物の能力を最大限に引き出そうとしている研究者です。一方で私たちは、人の能力を最大限に引き出そうとしている。
対象は違いますが、どちらも「限界突破」を目指しているという点では共通しています。

ロボット研究も同じです。今は自動で動くだけではなく、「人と寄り添って作業できるか」が重要になっているため、人がどう感じているかをロボット側にフィードバックしながら、人に心地よい距離感で寄り添う仕組みをつくろうとしています。

技術だけでは社会は変わらない。教育だけでも足りない。AIだけでも不十分です。
人が理解し、人が使い、人が育てていく。その循環があって初めて技術は価値になる。
地域社会の未来を担うアグリテックを社会実装していくためには、このプロジェクトメンバーが誰ひとり欠けても成り立ちません。人間中心の視点から、人と技術、そして人と人をつないでいく。それが私たちの挑戦です。

人間の動きを科学し、
農業の可能性を広げる人

人間中心アグリテック共創センター センター長

上原 一将 教授

豊橋技術科学大学