3機関のリーダーが語る
「産官学金で拓く、東三河の農業の未来」
なぜ今、東三河でアグリテックなのか。地域にはどのような可能性があり、どのような未来を描こうとしているのか。本プロジェクトを牽引する代表機関の豊橋技術科学大学長 若原昭浩氏、幹事自治体の豊橋市副市長 稲田浩三氏、幹事機関の豊橋信用金庫専務理事 宮川直樹氏の三氏にお話を伺いました。
取材日:2026年7月1日
産官学金の共創チーム
まずは、それぞれのお立場からプロジェクトへの関わりを教えてください。
若原氏
豊橋技術科学大学には、ロボティクスやAI、人間情報学、センシングなど、多様な分野の研究者がいます。本プロジェクト(ATC-Hub)では、その研究力を地域の企業や行政、農業者の皆さんと結び付け、新しい価値を一緒に創り出すことを目指しています。
研究室の中だけで技術を開発しても、社会は変わりません。現場へ出向き、課題を知り、地域とともに技術を育てていく。その共創の場こそがATC-Hubです。
■これまでの取り組み

しんきん夏の学校

とよしん食農セミナー
稲田氏
私たち行政の役割は、人と人をつなぐことです。豊橋市ではこれまで「TOYOHASHI AGRI MEETUP」というアグリテックコンテストなどを通じて、農家、企業、大学が出会う機会をつくってきました。ATC-Hubでも、そのネットワークを生かし、大学の研究と地域の課題を結び付ける役割を担っています。技術を開発するだけではなく、それを実際の農業現場で育てていくことが、このプロジェクトの大きな特徴だと思っています。
■これまでの取り組み

未来の農をつくる TOYOHASHI AGRI MEETUP

トマト生産者による出前授業

豊橋産農産物を使用した学校給食の日「とよはし産学校給食の日」

道の駅とよはし ひととまちをつなぐ、豊橋の縁側
宮川氏
金融機関というと融資のイメージが強いかもしれませんが、私たちが大切にしているのは、人と人をつなぐことです。大学の研究成果を農業者へ届けることもあれば、現場の課題を大学へ伝えることもあります。豊橋信用金庫は、ATC-Hubを通じて、大学、企業、農業者をつなぐコーディネーターとして、研究成果を社会実装へつなげる橋渡し役を担っています。新しい技術は、現場で使われて初めて価値になります。そのための環境づくりも、私たちの重要な役割です。
■これまでの取り組み

とよしん食農セミナー

東三河という実証フィールド
ATC-Hubの舞台として、東三河にはどのような可能性があるのでしょうか。
若原氏
東三河は、日本の中でも非常にユニークな地域です。全国有数の農業産地である一方、自動車をはじめとする製造業も集積しています。工業出荷額と農業産出額、その両方が高い地域というのは、日本中を見てもほとんどありません。工学系大学である私たちにとって、この環境は非常に大きな強みです。研究室で開発した技術を実際の農業現場で試すことができる。そして現場から新たな課題を持ち帰り、さらに研究へつなげることができる。その循環が、この地域では自然に生まれています。
また、東三河は施設園芸が非常に盛んです。大学でも地域の皆様と施設園芸に関する研究センターを設置し、学内には実験農場や植物工場も整備してきました。農業と工学、この二つが近い距離で発展してきたことが、この地域の大きな特徴だと思います。

稲田氏
私は、この地域の強みは「多様性」だと思っています。例えば、お隣の田原市は農業産出額が全国トップクラスですし、豊橋市も施設園芸発祥の地として発展してきました。キャベツ、トマト、メロン、花き、大葉、うずらなど、本当に多彩な農産物があります。さらに北へ行けば、また違う特色を持つ地域がある。東三河全体で見ると、本当にバラエティーに富んだ農業地域なんです。
もう一つ、この地域には変化を受け入れてきた歴史があります。豊川用水の整備以降、新しい作物に挑戦し、市場の変化に合わせて栽培品目を変えながら発展してきました。最近でも、お葬式の需要減少によって輪菊の市場が変化すると、イチジクやアボカドなど新しい作物へ挑戦する農家さんが増えています。時代に合わせて変わることを恐れない。それも東三河らしさだと思います。

宮川氏
私は金融機関という立場で長く農家さんと接していますが、この地域の農業には、新しいことに挑戦する文化があります。新しい栽培方法に挑戦したり、自分たちでグループをつくって販路を開拓したり、地域全体で知恵を出し合いながら農業を続けています。
また、多品目ということも大きな強みです。例えば一つの作物が厳しい状況になっても、ほかの作物で支えることができますし、新しい品目へ転換することもできます。施設園芸だけでなく、露地野菜、果樹、畜産まで、本当に幅広い農業があります。そうした地域だからこそ、新しい技術を試すフィールドとしても可能性が大きいと感じています。

人が持つ力を、未来へ
ATC-Hubでは、具体的にどのような研究や取り組みを進めていくのでしょうか。
若原氏
私たちが実現したいのは、人が持つ知恵や経験を、次の世代へつないでいくことです。
例えば、熟練した農家さんは、ハウスへ入った瞬間の空気や植物の色、香りなど、さまざまな情報から「今日はいつもと違う」と感じ取ります。ところが、「何を見ているのですか」と聞かれても、それを言葉で説明するのは簡単ではありません。長年の経験の中で培われた感覚だからです。
こうした経験や勘は、農業に限らず、多くの現場で受け継がれてきました。しかし、人手不足や高齢化が進む中、その知恵をどう次の世代へ伝えていくかが大きな課題になっています。そこで私たちが取り組んでいるのが、人がどのような情報を手掛かりに判断しているのかを工学的に理解することです。温度や湿度だけではありません。植物の状態や空気の変化など、人が無意識に感じ取っている情報をセンシング技術やAI、人間情報学によって可視化し、誰もが活用できる知識へ変えていきたいと考えています。AIが人に代わるのではありません。人が持つ力を、技術によってもっと生かしていく。それがATC-Hubの考え方です。

稲田氏
行政としても、技術そのものが目的ではないと考えています。農家の皆さんが「これは役に立つ」「使ってみたい」と思えるものでなければ、地域には広がりません。そのためには、大学が研究し、行政が地域とつなぎ、農業者の皆さんと一緒に試しながら育てていくことが欠かせません。東三河には、新しいことに挑戦してきた歴史があります。だからこそ、この地域から全国に発信できる技術や仕組みが生まれる可能性があると期待しています。
宮川氏
私たちが一番大切にしているのは、「社会実装」です。大学で生まれた研究成果が、実際の農業現場で役立ち、「これは便利だね」と評価されて初めて価値になります。そのためには、大学だけでも、農業者だけでも実現できません。
現場には現場の課題があります。大学には技術があります。その両者をつなぎながら、一緒に課題を解決していくことが、私たちの役割だと思っています。ATC-Hubでは、それぞれの立場が対等なパートナーとして関わり、研究と現場を行き来しながら技術を育てていきます。そこに、このプロジェクトならではの価値があると感じています。

ATC-Hubは、人の経験や地域の知恵を、新しい技術で未来へつないでいくプロジェクトなのですね。
若原氏
その通りです。技術は目的ではなく、人がより力を発揮するための手段です。農業者の皆さんが長年培ってきた経験と、大学の研究、企業の技術、地域の力が結び付くことで、新しい価値が生まれる。ATC-Hubでは、そうした共創を通して、農業の未来を切り拓いていきたいと考えています。
東三河から未来を実装する
最後に、ATC-Hubを通じて実現したい未来を教えてください。
宮川氏
私たちが目指しているのは、大学の研究成果を地域で生かし、農業の現場を元気にすることです。その積み重ねが、東三河の農業をさらに強くし、地域全体の活力につながっていくと思っています。金融機関の役割は、お金を貸すことだけではありません。大学と農業者、企業をつなぎ、新しい技術が現場へ根付くまで伴走することも、地域金融機関だからこそできる大切な役割です。ATC-Hubを通じて、東三河から新しい農業のモデルが生まれることを期待しています。

稲田氏
私は、農業がもっと若い世代に選ばれる産業になってほしいと思っています。東三河には、挑戦を続けてきた農業があります。そこへ新しい技術が加わることで、働き方も、農業の魅力も、さらに変わっていくはずです。
大切なのは、技術を導入することではなく、「現場で役立つこと」。農業者の皆さんが使いやすく、「これなら続けられる」と感じられる技術や仕組みが、このプロジェクトから生まれてほしいと思っています。そして、東三河で育ったそのモデルを全国へ発信していきたいです。

若原氏
私は、この取り組みを「東三河モデル」として全国へ広げていきたいと思っています。
実は、スマートフォンも、まったく新しい技術から生まれたわけではありません。電話、インターネット、音楽など、それぞれ独立していた技術を、人が最も使いやすい形へ融合したことで、私たちの暮らしを大きく変えました。ATC-Hubも同じです。AI、ロボット、センシング、人間情報学――それぞれの技術は、すでに存在しています。でも、それだけでは社会は変わりません。農業者の皆さんが「使いやすい」「役に立つ」と感じる形へ育てて初めて、技術は社会に根付きます。
そのためには、大学だけでも、行政だけでも、企業だけでもできません。地域の皆さんと一緒になって考え、現場で試し、改良を重ねながら、本当に役立つ技術へ育てていくことが大切です。ATC-Hubは、その共創の場です。
東三河には、全国有数の農業があり、ものづくりがあります。そして、人と人がつながる土壌があります。この地域だからこそ生まれる技術、この地域だからこそ実現できる共創があると私は確信しています。ここから生まれる新しい価値を、東三河から全国へ、そして世界へ広げていきたいと思っています。

東三河という実証フィールドから生まれるATC-Hubの挑戦は、やがて全国の農業が抱える課題への新たな答えになるかもしれません。異なる立場の人たちが互いの強みを持ち寄り、一つの未来を描こうとする姿勢に、ATC-Hubというプロジェクトの本質を感じました。これからどのような成果が生まれていくのか、今後の展開が楽しみです。

参加者プロフィール


